大学生だった頃

投稿日
タグ
日記

あまりに久々の更新。今日は朝から文字を打つ気力があるのでブログを書くぞ😤


ここ1週間ほどで、大学受験関連のニュースをいくつか見た。自分が大学生だったのはもう10年も前になる。10年も経てば学科名が変わってたりしてもおかしくないよね…。

大学生だったときを思い出すと、英語の歴史を学んだり、辞書とにらめっこしながらライティングをしたり、単語・フレーズの発音の法則性を考えたり、読解のために教科書を何度も読み直したり…ととにかく英語を勉強してたなあ…と懐かしくなった。 1〜2年生の頃は、割合高校生の頃と似たようなスタイルの授業が多かった気がする。特に、英文読解なんて大学受験前に散々やってたことだし、それが地続きで、単に授業を受ける場所が変わって、服装も変わっただけって感じ。ただまあ、内容理解の時点で、受験のときに読んでた英語よりも難しくて、だから予習もやたら時間が必要だったし、なにより先生の指摘が厳しく、高校生のときはなあなあに誤魔化されてたけど文法理解がテキトーだと強めに怒られたりした記憶がある。というか、予習なしで臨んでると知られると怒られた。そりゃそうか…。

高校生のときは、周りはみんな予習しないは当たり前、単語テストは授業前10分の休みで覚える、文法はいつまで経っても覚えられない、みたいな状況だったから、大学生になって「みんな真面目なんだなあ…」とカルチャーショックを受けたことを思い出す。そもそも、英文読解は英語を日常使ってる人の視点でやらなきゃダメだよって指摘を受けたこともあるぐらい、高校生の頃は英語を勉強してたというより、文字の組み合わせを覚えてた感がある。今になって思えば。(そのときの授業が、英語のスラングを扱うトピックだったってのもある)

授業の息苦しさは、やっぱり読解をみんなでやることが原因だと思う。いや、授業なんだからそりゃそうなるだろってのはわかるけど、前のめりに聞いてる時もそうじゃないときも、等しく空気が重い。胸をさすりたくなるような落ち着かなさ。これはリーディングがメインの授業でしか感じたことないかも。鋭い指摘があるとか、初歩的なミスで怒られるみたいなことはどの授業でもあった。それでも、リーディングだけはそれが一段と強く感じられたなあと。

リーディングだけは、なんかこう、正誤問題を解いてるような感じだったかも。実際の授業はそんなシステマチックじゃないというか、受験テクニックを駆使してどうこうってわけじゃないのに、問題集を解かされてるような感覚。必ず「これ」っていう正答があるからそれを外れた回答はバツになる。それをリーディングでやってる、そんな感じ。だから授業であっても発言を恐れるし、先生から指されて何か回答するのが怖い。

そういうのもあってか、自分はいつも緊張とピリつきがあったのに、帰国子女らしきあのひとはいつも余裕そうだ、とかそういうところに目が行っちゃって、余計にピリピリしてた記憶がある。他人の目ばっかり気になる。

結局この感覚は克服できないまま教養科目的な意味でのリーディングは終わっちゃって、どんどん少人数の授業になっていったな。少人数だとこんな気楽なんだ…って拍子抜けしたし、そこら辺で初めて「英語の勉強楽しいかも」って思ったりもした。

もうあんま思い出せること無くなってきたので終わり